山内 正(やまのうち ただし)略歴

  ▲山内正氏 遺影(写真提供:山内家)
  ▲山内正氏 遺影(写真提供:山内家)
1927年(昭和2年)8月22日、東京にて父・山内幸一(山野一郎の芸名で戦前は映画の弁士、戦後は漫談家として活動)と母・さくの三男として生まれる。

1940(昭和15年)から桂平太にバイオリンと音楽の基礎を学ぶが戦時中の勤労動員によって指を酷使して神経障害をし、バイオリニストの道を断念。
また中野の実家で東京大空襲に遭遇。
これらの一連の戦時中の体験によって平和、反戦を希求するようになる。

芝学園中学を卒業後、作曲に転じて1953年(昭和28年)に伊福部昭に入門。

1961年(昭和36年)、「陽旋法による交響曲」によってTBS賞を受賞。

その後、管弦楽、ピアノ曲、バレエ音楽、ギター曲と、幅広く作曲活動を展開。
また映画やテレビドラマ、舞台の音楽も数多く担当。
ベートーベンを敬愛し、芸術による社会改革、世界平和への貢献ということを意識した人生であった。
1980年(昭和55年)12月20日、心不全にて死去。
 
主な作品)交響曲「陽旋法による交響曲」他
ピアノ曲「ピアノソナタ1番」「ピアノソナタ2番」「ピアノ組曲」他
バレエ音楽「角兵衛獅子」「迷路」他
映画音楽「大怪獣ガメラ」「黒の超特急」他
テレビドラマ「ザ・ガードマン」他
略歴作成:山内弘
▲伊福部家での新年会(昭和38年頃)
左より、伊福部先生、山内正氏、石井眞木氏