劇伴作品楽譜の整理・調査に着手

 小杉太一郎氏は49年の生涯の中で、優に作品数300本を越える映画・TV・ラジオドラマ等の劇伴音楽を作曲されています。

 その作品数からも分かるとおり、小杉氏は日本映画全盛期を音楽面から支え続けた作曲家であり、生活は仕事のために多忙を極めました。それはまた、純音楽作品に取り組む十分な時間を失うことにつながり、結果、小杉氏の純音楽作品、特に純粋な管絃楽曲作品は現在楽譜が確認されている限りで、先の「交響楽」、「題名不詳の管絃楽作品」そして舞踊音楽を組曲化した「舞踊組曲 戦國時代」の3曲のみと、非常に限られた数しか残されていません。

 

 以上のように、劇伴音楽の仕事の忙しさから純音楽作曲家としては寡作にならざるをえなかった小杉氏ですが、その劇伴音楽における小杉氏の仕事は、伊福部昭先生の談話「小杉さんの作風は、経歴が物語っている如く、緻密な科学的な思考と、豊かな音楽感性とが融合して、密度の高い独自な音楽世界をつくり出している。又父君は日本の映画史上、重きをなす名優 小杉勇氏であるが、その血筋もあって同君は、視覚芸術と聴覚芸術との調合、綜合に関しても又、極めて優れた感性を示し、舞台舞踊、映画音楽等の分野にあって周知の如く、多くの優れた業績をのこしておられる」(「小杉太一郎氏追悼 石巻芸術協会創立10年記念 東京交響楽団 特別演奏会」プログラム内掲載『小杉太一郎氏を悼む』石島恒夫より抜粋)のとおり、大きな足跡を残すものでした。

 

 この劇伴音楽における小杉太一郎氏の仕事の重要性を改めて確認すべく、この度、御長男 隆一郎氏の多大な御協力のもと、長年小杉家の地下倉庫に保管されていた劇伴作品楽譜の整理・調査に着手しました。


▲整理・調査によってこれまで数作品ずつランダムに袋詰めされていた劇伴楽譜を
一作品毎に分けて袋に入れ、年代、シリーズもの別に纏めた。



▲「アオイスタジオ」にて映画音楽録音中の小杉太一郎氏

現時点での調査で楽譜の存在が確認された主要映画作品の一部

以下、現時点での調査によって楽譜の存在が確認された主要映画作品の一部をお知らせします

 

「玄海の鰐」 東映 1953 監督:小杉勇 (音楽監督:伊福部昭 作曲:小杉太一郎)

「血槍富士」 東映 1955 監督:内田吐夢 主演:片岡 千恵蔵

「異国物語 ヒマラヤの魔王」 東映 1956 監督:河野寿一 主演:中村錦之助

「異国物語 ヒマラヤの魔王 双龍篇」 東映 1956 監督:河野寿一

「異国物語 ヒマラヤの魔王 完結日月篇」 東映 1956 監督:河野寿一

「福沢諭吉の少年時代」 東映教育映画 1958 監督:関川秀雄

「森と湖のまつり」 東映1958 監督:内田吐夢 主演:高倉健、香川京子

「東京五輪音頭」 日活 1964 監督:小杉勇 主演:十朱幸代

「愛と死を見つめて」 日活 1964 監督:斎藤武市 主演:浜田光夫、吉永小百合

「河内カルメン」 日活 1966 監督:鈴木清順 主演:野川由美子

「緋牡丹博徒 仁義通します」 東映 1972 監督:斎藤武市 主演:藤純子

▲上より「玄海の鰐」、「血槍富士」、「宮本武蔵」シリーズ楽譜
小杉氏の劇伴楽譜の中に作品タイトルがロシア語で書かれたものが何点か今回確認されたが、
これは、他人に劇伴作品タイトルを知られないようにとの一流の“照れ隠し”で
同様にタイトルをロシア語はじめ外国語で表記していた伊福部昭先生の影響であると考えられる。
(小杉氏が“照れ隠し”でロシア語を使用していたのかは詳細不明)


▲「血槍富士」のトップタイトル楽譜(写真左)
本作は時代劇に初めてジャズ・イディオムを使用し時代を画したことで知られるが、
音符は書き込まれていないものの楽器編成に「koto」(箏)が入っており、

当初は箏を使用するという構想があったことが判明した。
「河内カルメン」(写真右)では“コップの水(ストローで吹く)”等実験的な試みが行われている。

〈内田吐夢 監督作品 宮本武蔵シリーズ 主演:中村錦之助〉

「宮本武蔵 般若坂の決斗」 東映京都 1962

「宮本武蔵 二刀流開眼」 東映京都 1963

「宮本武蔵 一乗寺の決斗」 東映京都 1964

「宮本武蔵 巌流島の決斗」 東映京都 1965

「真剣勝負」 東宝 1971

内田吐夢 監督作品「宮本武蔵」シリーズ楽譜(写真上)

小杉氏が音楽担当した東映京都「宮本武蔵」シリーズの全ての冒頭で使用されたトップタイトル楽譜(写真下)

〈東映動画作品〉

「サイボーグ009」 1966 演出:芹川有吾

「サイボーグ009 怪獣戦争」 1967 演出:芹川有吾

「サイボーグ009」(TVアニメ)1968 4月~9月放送

「パンダの大冒険」 1973 演出:芹川有吾


▲「サイボーグ009」シリーズは、映画「サイボーグ009」、映画「サイボーグ009 怪獣戦争」
および「サイボーグ009」(TVアニメ) 全ての劇伴楽譜が発見された(写真左)
「サイボーグ009」と同じく東映動画 演出:芹川有吾 作品「パンダの大冒険」楽譜(写真右)


▲今回の整理・調査によって発見された小杉氏直筆の映画「サイボーグ009」(1966)Mナンバー表(写真右)
極めて細かい書き込みから小杉氏のこの作品に対する力の籠めようが伝わってくる。 

〈大映作品〉

「眠狂四郎殺法帖」1963 監督:田中徳三 主演:市川雷蔵

「座頭市関所破り」1964 監督:安田公義 主演:勝新太郎

「若親分」1965 監督:池広一夫 主演:市川雷蔵

「続・兵隊やくざ」1965 監督: 田中徳三 主演:勝新太郎

「若親分乗り込む」1966 監督:井上昭 主演:市川雷蔵

「酔いどれ博士」1966 監督:三隅研次 主演:勝新太郎

〈日活 石原裕次郎 主演映画作品〉

「人間魚雷出撃す」 1956 監督:古川卓巳

「天と地を駈ける男」 1959 監督:舛田利雄

「鉄火場の風」 1960 監督:牛原陽一

「白銀城の対決」 1960 監督:斎藤武市

「天下を取る」 1960 監督:牛原陽一

「堂堂たる人生」 1961 監督:牛原陽一

「鉄火場破り」 1964 監督:斎藤武市

▲「人間魚雷出撃す」、「天と地を駈ける男」、「白銀城の対決」、「天下を取る」楽譜
「天と地を駈ける男」と「天下を取る」は石原裕次郎が歌う主題歌楽譜も同時に発見された。

〈日活 小林旭 主演映画作品〉

「南国土佐を後にして」 1958 監督:斎藤武市

「ギターを持った渡り鳥」 1959 監督:斎藤武市

「口笛が流れる港町」 1960 監督:斎藤武市

「渡り鳥いつまた帰る」 1960 監督:斎藤武市

「赤い夕陽の渡り鳥」 1960 監督:斎藤武市

「東京の暴れん坊」 1960 監督:斎藤武市

「大草原の渡り鳥」 1960 監督:斎藤武市

「波濤を越える渡り鳥」 1961 監督:斎藤武市

「でかんしょ風来坊」 1961 監督:斎藤武市

「大海原を行く渡り鳥」 1961 監督:斎藤武市

「さすらいの賭博師」 1964 監督:牛原陽一

「投げたダイスが明日を呼ぶ」 1965 監督:牛原陽一

▲「南国土佐を後にして」、「ギターを持った渡り鳥」、「口笛が流れる港町」楽譜

〈日活 赤木圭一郎 主演映画作品〉

「錆びた鎖」 1960 監督:斎藤武市
「紅の拳銃」 1961 監督:牛原陽一

 引き続き、小杉太一郎氏の映画・TV・ラジオドラマ等の劇伴音楽についても調査・研究を続けていく所存であり、ここに御報告致します。