・ここでは伊福部先生が、農大新聞1953年6月27日号(東京農大新聞部発行)の「緑地帯」欄に寄稿したものを、伊福部家の御諒解の許、全文掲載致します。
・この文書はSF?タッチに、御自分の科学者としての出自を著されております。短文ですが、映画音楽の作曲で少々お疲れの様子も伺える、ユーモアに富んだ文書です。御高覧下さい。
 
・転載に際し、一部体裁を改めさせて頂きました。また、明確な誤植は訂正させて頂きました。

クロロフィール

 
伊福部昭

 

  買物の景品にクロロフィール入りの歯磨を貰った。搾り出した感じは青虫に似ているが使用感は爽快である。
 このようなものを見ると、自分も曾つて林学を学び、植物や昆虫に熱中したことを思い起すのである(。)櫻属の一新種を発見して、ラテン語式に綴られた自分の名前に感動したり、畸形の成虫を作ろうとして、若い蛹の体液を注射器で吸出して見たり(、)帝室林野の試験場では航空機の木製部の弾性実験を試みたり、然し何れも余り成功はしなかった。謂わば私は科学に破られたのである。この意識は終生消えることが無いらしい。先日も仕事中の仮睡で夢を見た。
 真黒な墨の汚れに、クロロフィールを塗り付け日光に当てると墨は澱粉に変って、汚れは綺麗に除かれた。この「墨消し」の創案で気を良くしていると政府から使者が来て、重要書類やスタムプを消される怖れがある故、発表は罷りならぬと云う、そこで科学の立場などを力説していると目が覚めた。目の前には追われ仕事が山積していた(。)
 その仕事とは、ロマンテイクな映画の処に、それらしき音楽を長々と書くことであった(。)こんな夢の後では、楽想なぞ浮かぶものではない。

 

農大新聞 No.279. 1953.6.20. 農大新聞部 東京